高い壁に挑む、若き挑戦者たちへ。――「英検準1級合格」の先に見えるもの
こんにちは。
塩釜BTC英会話教室の鈴木です。
桜の季節も過ぎ、新しい年度が本格的に動き出しましたね。
皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。
最近、私たちの教室には、春の陽気よりももっと明るく、力強いニュースが飛び込んできました。
それは、高校3年生の生徒さんの「英検準1級合格」という報告です。
合格した生徒さん、本当におめでとう。
これまでの歩みを知っている私としては、合格という二文字の重みがどれほどのものか、胸が熱くなる思いです。
この生徒さんは、レッスンの合間に「あ、そういえば受かりました」と、まるでお天気の報告でもするかのように、はにかみながら教えてくれました。
その気負わない、飾らない姿に、私は少々面食らってしまいましたが、それと同時に深い感動を覚えました。
それは、彼にとってこの合格が「奇跡」ではなく、日々の積み重ねの延長線上にある「必然」だったのだと感じたからです。
今日は、この「英検準1級」という一つの結果をきっかけに、私が日頃から大切にしている「学び」と「挑戦」のあり方について、少し丁寧にお話ししてみたいと思います。
「合格」は偉いのか、という問い
まず、誤解を恐れずに、そして一番大切なことからお伝えします。
私は、「英検準1級を取ったから偉い」とは全く思っていません。
もちろん、準1級は「大学中級程度」と言われる非常に高い壁。
語彙の難易度も跳ね上がりますし、社会的なテーマについて英語で論理的に思考し、発信する力が求められます。高校生がそこに到達するのは並大抵の努力ではありません。
しかし、私が本当に価値があると感じ、誇りに思っているのは、合格証書という「紙の証明」そのものではないのです。
英検に限らず、資格というものは自分の可能性を広げるための「道具」に過ぎません。
包丁を研いでも料理を作らなければ意味がないのと同じで、英語という道具を研いでも、それを使って誰かと心を通わせたり、世界を広げたりしなければ、それはただのコレクションになってしまいます。
ですから、私は生徒たちに伝えたいのです。
「合格したことは素晴らしいけれど、それで君の価値が決まるわけじゃない。大切なのは、その道具を手に入れるために、君がどう自分自身と向き合ってきたかだよ」と。
困難を克服する「過程」という宝物
本当に尊いもの。
それは、合格という目標に向かって努力し、立ちはだかる困難を一つひとつ克服していった、その「過程」の中にしか存在しません。
準1級に挑む過程では、必ずと言っていいほど「停滞期」が訪れます。
「いくら単語を覚えても、長文が読めない」
「リスニングがどうしても聞き取れない」
「自分の意見が英語で出てこない」
そんな、暗闇の中で出口を探すような時間が必ずあります。
そこでもがき、苦しみ、それでも「どうすればこの壁を超えられるだろうか」と戦略を練り、一歩ずつ進んでいく。
自分の弱さを認め、地道な努力を継続する。
この、泥臭くも美しいプロセスこそが、何物にも代えがたい宝物なのです。
この経験を通して身につくのは、単なる英語の知識ではありません。
「自分を律する力」であり、「課題を解決する力」であり、そして何より「自分なら乗り越えられる」という根源的な自信です。
これこそが、将来、彼らが社会という広い海へ漕ぎ出したとき、嵐の中でも自分を失わずに進むための「羅針盤」になるのです。
チャレンジすることが「当たり前」の教室でありたい
私は、塩釜BTC英会話教室を、そんな風に高い目標にチャレンジすることが「当たり前」と言えるような空気感でいっぱいにしたいと考えています。
「あいつが頑張っているから、自分もやってみようかな」
「難しいって言われているけど、まずは一歩踏み出してみよう」
そんな風に、誰かの挑戦を心から応援し、互いに刺激し合える環境です。
実際、この生徒さんの合格の言葉は、それを聞いていたクラスメイトの心に静かに火をつけたように感じました。
世の中には、挑戦する人を笑ったり、「無理だよ」とブレーキをかけたりする声もあふれています。
しかし、BTCはそうでありたくありません。
たとえ無謀に見える挑戦であっても、「やってみたい」というその小さな火を、大切に、大切に守り、育てる場所でありたい。
「チャレンジするのが当たり前」という文化の中で育った子供たちは、大人になっても、困難を前にして立ち止まるのではなく、「さて、どうやって攻略しようか」と目を輝かせることができるようになります。
その姿勢こそが、彼らの人生を豊かにしていくと信じています。
失敗は「負け」ではなく、貴重な「データ」である
もう一つ、大切なお話をさせてください。
それは「失敗」についてです。
何かに挑戦すれば、必ず「不合格」や「挫折」という結果に直面する可能性があります。
しかし、私は断言します。
たとえ一度で合格に届かなかったとしても、それは決して「負け」ではありません。
むしろ、あきらめずに「なぜ今回は届かなかったのか」「自分に足りなかったピースは何だろう」と分析し、次に向かって戦略を立て直していく。
そのプロセスこそが、一度でスッと受かってしまうことよりも、時にはずっと貴重な学びになることがあります。
人生において、すべてが思い通りに行くことなどありません。
大切なのは、転ばないことではなく、転んだ後にどう立ち上がるかです。
一度の失敗で「自分には才能がない」と決めつけてしまうのは、あまりにももったいない。
それは単に「今のやり方が合っていなかった」あるいは「準備の時間が少し足りなかった」というだけの話です。
戦略を立て直し、もう一度挑む。その粘り強さこそが、本当の意味での「英語力」の土台になります。
失敗を恐れて安全な場所に留まるよりも、傷つきながらも高い山に挑み、そこで得た「次へのヒント」を宝物にできる。
そんな強さを、生徒たちには身につけてほしいのです。
実際、英検を受けるすべての生徒さんが合格するわけではありません。
中には、惜しくも合格を逃す生徒さんもいます。
でも、本人と「次」に向けて話をしていく中で、ほぼすべての生徒さんが「なぜ合格できなかったか」を自分で見つけていきます。そしてそれを次回は克服しようと頑張ります。
結果、その後は合格できています。
この過程、失敗してもリカバリーしていく行動そのものが、「自分は一度失敗したとしても、次につなげていける」と思える大事な要素になっていると感じています。
私たちが、一番の応援団として伴走し続ける理由
BTCが目指しているのは、20年後の彼らが、英語という翼を自由に使いこなして、自分の人生を謳歌している姿です。
その20年という長いスパンで考えたとき、今の英検の合否は、長い物語のほんの数ページに過ぎません。
でも、その数ページに「全力で挑んだ」という記憶が刻まれていることが、彼らの一生を支える誇りになります。
私は、そしてHana先生やSat先生、Jessica先生も、皆さんの「挑戦したい」という気持ちを絶対に否定しません。
皆さんが山を登っているとき、足元が滑りそうなときは支え、道に迷ったときは一緒に地図を広げ、そして頂上に辿り着いたときは、誰よりも大きな声で「おめでとう!」と言いたい。
英検準1級に合格したS君、改めて本当におめでとう。
君の背中は、クラスメイト、後輩たちにとっての新しい道しるべになりました。
そして、今まさに高い壁を前にして、ペンを握りしめている皆さん。
大丈夫、君の挑戦はそれだけで価値があります。
もし、不安になったり、自信を失いそうになったりしたときは、いつでも相談に来てください。
「次はどう攻めようか」と、一緒に作戦会議を開きましょう。
BTCは、これからも皆さんの挑戦の伴走者として、全力で、そしてどこまでも粘り強く、皆さんを応援し続けます。
新年度。
新しい自分に出会うための挑戦を、ここからまた一緒に始めていきましょう!
Enjoy Learning, Enjoy Challenging!



